「事業承継に向いている事務所とは?」「事務所の価値計算方法は?」などコラム形式で詳しくご説明します。

後継者がいない税理士のための予備知識(14)

後継者がいない税理士のための 予備知識(14)
「事業合流」と「事業譲渡(M&A)」を比較する

(株)MJS M&A パートナーズ 会計事務所事業承継専任アドバイザー
中尾 安芸雄

 

 筆者は最近、会計事務所の事業承継方法として「事業合流」を提唱しています。今回は「事業合流」とはどのようなものなのか?「事業譲渡(M&A)」とは何がどう違うのか?などについて説明します。事業合流に関しては、「週刊エコノミスト(2023年2月21日号)」にも寄稿していますので、併せてお読み頂ければ幸いです。

 

■古くて新しい「事業合流」

 会計事務所の事業承継方法は、一般的には4つあります。それは①親族承継②職員承継③税理士招聘④事業譲渡(M&A)です。事業承継は、承継者が事務所の事情を理解しているという面から、①親族承継と②職員承継の成功確率が高くなるのは必然的です。他方、③税理士招聘はまさに結婚に近く離婚率も高くなります。そのため③税理士招聘に失敗して④ 事業譲渡(M&A)を考えるに至った所長が多いのが実情です。しかし、④事業譲渡(M&A)が必ずしも所長の要望に応える方法とは言えない場合も多いのです。事業譲渡(M&A)と所長の要望の乖離を少なくする方法が5つ目の「事業合流」と言えるでしょう。
 2つの個人事務所が合体して税理士法人化するケースはすでに多く存在します。広い意味ではこれも事業合流です。ただ、これだけでは事業承継の解決まで至っていません。将来を委ねる社員税理士を育成しなければならないからです。育成や採用が間に合わない中でどちらかの先生が引退する必要が生じた場合には、税理士法人を解散することになります。税理士法人化までは進んだが後継者問題は解決できない税理士法人が多くなってきています。
 「事業合流」とは、後継者問題を抱える事務所が、より大きな組織(税理士法人)のグループに参画する(合流)ことによって事務所の維持と発展を図る方法です。「参画」するのであって、事業を譲渡するM&Aとは異なります。

 

■「事業合流」の典型パターン

 事業譲渡(M&A)との差を明確にするために事業合流の典型的なパターンを紹介します。後継者のいない個人事務所は、その所長と全職員が合流する税理士法人に転籍します。所長は社員税理士となるのが基本です。事務所を継続利用する場合に所長は合流先の税理士法人の従たる事務所の責任者となり、引き続き所長業務を継続します。
 所長は合流先の税理士法人の経営にも参加する場合もあります。同時に年齢に応じて従たる事務所の次の責任者を税理士法人の組織の中から、あるいは新規に採用して育成します。すでに次期責任者がいる場合には、早い段階で所長業務の引継ぎを行うことができます。所長を交代する時点で社員税理士から所属税理士となり、顧問としてその後も事務所を支援する、これが事業合流の基本的なイメージです。

 

■「事業合流」の効果

 事業合流の効果の一つとして、所長の不測の事態に対する保険機能があります。合流する税理士法人の組織がある程度大きい場合には、臨時的に税理士や職員の応援が可能です。何ら対応策が準備されていない中で、所長が急病で入院するケースが後を絶ちません。万が一の場合にも、顧問先と職員を守る保険として事業合流は有効です。
二つ目の効果としては、顧問先や職員に与える影響です。事業譲渡(M&A)には、やはり「事務所を売った」という印象が付きまといます。事業合流では、原則として車両やソフトウェア等の資産譲渡以外の売買は行いません。所長は従来に近い状態で働きますので、役員報酬(あるいは給与)を受け取ることになります。事業譲渡(M&A)ではなく事業合流であることを明言していただければ良いと思います。

 

■「事業合流」のコスト・注意点

 事業合流で、ただ税理士法人に加わっただけでは組織として意味がありません。組織としての相乗効果を出すためにも経営理念を共有し協力し合うことが必要です。コストとして、税理士法人参画の共通費を相応に負担することが必要になります。この共通費は、先述の保険機能に対する保険料と考えることもできます。
 事業合流で注意しなければならないことは明確です。事業譲渡(M&A)は、譲渡後の顧問先や職員のことは、基本的に譲渡先に任せるしかありません。経営方針や社風や処遇に不満があれば、職員はいずれ事務所を去る場合が多いでしょう。事業合流は、所長が引退あるいは一線を退くまで、合流先と運命を共にするスキームです。譲渡ではなく合流ですから、経営理念や社風など一緒に協力し合える相手であるかどうかが決定的に重要になります。
 事業合流の仲介者としては、売買ではなくお見合いという意識で臨むことになります。ビジネスライクな思考よりも、まず両者が信頼関係を構築できるかが重要になってきます。

 

■事業合流と事業譲渡(M&A)判断の分かれ目

 まず重要な判断の分かれ目は、所長の引退までの期間です。年齢や体調から早期に引退したい場合には、事業譲渡(M&A)の方が適しています。その期間は1年程度が基準になると思います。逆に2,3年は少なくとも現役を続けたい場合には事業合流も選択肢に入れると良いでしょう。
 もう一つの判断の分かれ目は、事業承継の目的です。顧問先のことが気になり、職員の将来も心配な場合は、もうしばらく見届ける意味でも事業合流が適しているでしょう。他方、いわゆる営業権的な価値として早期に資金化したい場合には事業譲渡(M&A)となります。
 実際には、「事業合流に近い事業譲渡(M&A)」もあれば「事業譲渡(M&A)に近い事業合流」もあり得ます。
 事業合流は、事業譲渡(M&A)以上に、合流先との相性が重要になりますから、その意味でも時間をかけて早めに合流先を探す活動をする必要があるでしょう。

 


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