「事業承継に向いている事務所とは?」「事務所の価値計算方法は?」などコラム形式で詳しくご説明します。

後継者がいない税理士のための予備知識(16)

後継者がいない税理士のための 予備知識(16)
事業承継スタート日前後の収入の帰属

(株)MJS M&A パートナーズ 会計事務所事業承継専任アドバイザー
中尾 安芸雄

 

 事業承継を正式にスタートする日を、弊社では「事業承継実施日」と呼んでいます。この日から事業主体が変更になりますが、顧問先への報酬の請求方法の違いや、業務進捗度合もさまざまです。そこで弊社がご提案している収入の帰属のルールをご説明します。

■「役務と報酬の対応」が大原則

 例えば、事業承継実施日を10月1日とします。この場合、10月以降に顧問先に対して発行する報酬の請求書は、通常は、承継先の名前で作成することになります。つまり9月分の顧問料を翌月に請求・受領する場合には、9月分は承継先の口座に入金します。あくまで報酬は、業務を行った側に帰属するのが大原則ですから、このような場合には、9月分を承継元に返金する必要があります。1件ごとにこのような返金処理をするのは面倒なので、弊社では、おおよそ3ケ月後あたりに、まとめて精算することをおすすめしています。
考え方としては、業務を行った側に報酬を帰属させるべきであり、この原則をさまざまなケースに応用して判断するのが良いでしょう。

 

■年数回の訪問や年一決算の場合

 毎月訪問し、あるいは郵送などで資料をお預かりして月次試算表を作成し、顧問料も毎月請求している場合は、上記の精算も比較的スムーズです。
しかし、数か月に一度、あるいは年一決算の場合も多くあります。このような処理方法が主流であるような承継元の場合は、精密に精算をしようとすると判断に迷う場合が出てきます。判断の基準としては、月次処理に関しては入力作業がどこまで完了しているのかということになりますし、年一決算においては、作業進捗割合で判断することになりますが、完璧を求めず一定のルール(例:8月決算10月申告の場合には事業承継実施日が中間地点なので50%づつにするなど)を決めることを推奨しています。

 

■毎月入金済で処理が溜まっている場合

 自動引き落としなどで顧問報酬が毎月入金していながら、顧問先の資料が整わないなどの理由で仕訳入力処理が滞っている場合が稀にあります。顧問先に原因がある場合もあれば、職員に原因がある場合もあるでしょう。
いずれにしても、このような場合には、作業は事業承継実施日以降に行うことになりますから、上記の精算手続きを使って、遡って承継元から承継先に支払うことにすべきでしょう。

 

■請求のタイミングが違う場合

 毎月顧問料を請求している場合でも、当月分を翌月に請求している場合もあれば、当月分を当月中に請求している場合もあります。前者が承継元で後者が承継先の場合には、事業承継を実施した月に、いきなり2ケ月分の請求をする場合も考えられます。事業主体が変わるので請求方法も変わることはありますが、顧問先が納得されるように丁寧な事前説明が重要になります。
また、承継元は個人事務所で、承継先が税理士法人である場合が多くあります。税理士法人は顧問料から源泉徴収を行いませんので、顧問先への説明が不足していると事業承継のタイミングで値上げされたと勘違いされかねませんのでご注意ください。

 

■顧問料未収金がある場合

 顧問先が顧問料を滞納している場合があります。未回収となっている理由はさまざまですが、対応方法は決めておくべきでしょう。事業承継を実施するこの機会に、承継元としては未収金の回収を行うべきですが、承継先が回収する場合もあります。承継元が回収できなくて承継先が回収できた場合には、回収手数料を承継元が払うこともあります。承継元がこの顧問先との長いお付き合いの中で強く言えない場合などがあります。承継先は新しい人間関係なので当然のこととして請求したら、あっさりと払っていただいた、などというケースもあります。いずれにしても、事前にルールを決めておくべきでしょう。

 

■顧問報酬の本質を相談料としている場合

 ここまでの議論は、毎月の顧問報酬の本質として、記帳代行や月次決算処理などに対するものという前提でしたが、そうではなく、顧問報酬は、まさに相談相手としての「顧問」に対する報酬であり、会計処理などは副次的なものである、というお考えの先生もおられます。実際に、税務的に高度な相談内容であったり、経営会議に参加されているような先生にとっては、会計処理は副次的なものになります。承継元の業務内容、顧問先との関係性には差がありますから、このような場合には、会計処理等の進捗度合を考慮しない帰属ルールを適用します。

 

■進行中の相続申告報酬の場合

 承継元が事業承継実施日前に、相続税申告業務を受任している場合があります。すでに着手している場合や、これから着手する場合もありますが、申告期限が事業承継実施日以降になる場合には、事前に決めておくことがあります。承継元の先生が、この業務を承継先に任せたい場合には、相続人の意向も確認してバトンタッチすることになります。あるいは、相続人が引き続き承継元の先生にお願いしたい場合もありますので、この場合には例外として承継元の先生が、社員税理士あるいは所属税理士などの地位に合わせて受任することになります。承継先と作業を分担して行う場合などは、報酬の按分割合を決めておくと良いでしょう。

 


関連リンク
予備知識(1)多様化する事業承継 早めに着手を
予備知識(2)事業承継に向いている事務所、向いていない事務所
予備知識(3)事務所の価値の計算方法(上)
予備知識(4)事務所の価値の計算方法(下)
予備知識(5)事業承継の決心がつかない所長先生のための「所長継続型事業承継契約」
予備知識(6)「自分でやってみる」会計事務所の事業承継
予備知識(7)事業譲渡ではなく後継者を探したい所長先生へ
予備知識(8)事業譲渡額に関する譲り受ける側の論理
予備知識(9)2つの選択肢「後継者招聘」と「事業譲渡」の関係
予備知識(10)後継者を招聘するための代表的な課題
予備知識(11)税理士後継者紹介サービスの実際
予備知識(12)投資回収期間から考える事務所の事業価値評価
予備知識(13)会計事務所事業承継の現状を振り返る
予備知識(14)「事業合流」と「事業譲渡(M&A)」を比較する
予備知識(15)事務所承継、その相談から実施までに必要となる期間
予備知識(16)事業承継スタート日前後の収入の帰属


本コラムは「税界タイムス」で弊社アドバイザーが連載している内容をご紹介しております。

税界タイムス」とは、税理士業界の動向をはじめ、顧客獲得のための手法、事務所経営に関するノウハウ、業務に関連するITニュースなど、厳選した情報を掲載した税理士・公認会計士のための新聞です。
毎号、読みやすい内容の紙面をお届けします。税理士・公認会計士が購読する新聞としては、国内最大級の新聞です。